2007年03月19日

恋と願いと

「ねぇ、高耶の初恋っていつ?」
土曜日の昼下がり。いつものように学校帰りに寄った吉牛で、牛丼を掻き込んでいる時に譲から飛び出した質問に、高耶は思い切り噴き出した。
「なんだよ。汚いな」
「おま……、急にんなこと聞くからだろーがっ」
まだ苦しそうに咳き込みながら、高耶ががなる。水を引っつかんで喉に流し込み、どうにか落ち着くと譲に向き合った。
「何なんだよ、急に」
「今日、森野さんたちが話してたろ? そういえば、高耶に聞いたことないなぁって」
「………」
そういえば、森野を中心とする女子たちが、初恋がどうとか騒いでいたっけ。思い出話に花を咲かせる彼女たちを高耶はちらと見ただけで、大して気にも留めていなかったが。
言われてみれば、譲とは野球だゲームだとそんな話ばかりで、所謂“恋バナ”をしたことはほぼないと言っていい。
しかし、理由もなく急にそんなことを聞かれて、高耶はあっさり答えられる性質ではない。
「だったらおまえはどうなんだよ」
聞きたいわけでなく、答えたくないという意思表示でぶっきらぼうに逆に問い掛けた。
が、そこは譲の方が一枚上手だ。
「おれ? おれは小学生の時」
いとも簡単に、あっさりと答えてのけた。譲からすれば大事な友人である高耶に隠す必要もない。
高耶は少々驚いた。
森野のあからさまなラブラブ光線に気付かないくらいのニブチンだが、それはそれ、さすがに初恋は体験済みらしい。
高耶は自分の話をしたことがないのと同様、譲の話を聞くのも初めてなのだ。
ここにきて、純粋な好奇心が頭をもたげてきた。
「相手は誰なんだ?」
「従兄弟の姉さんだよ。3つ年上なんだ」
「へー。やるじゃん譲、年上かよ」
それで、どうなったんだ?と続きを促す。譲はゆっくりと水を口に含むと首を振った。
「弟だってさ」
「へ?」
「いつもおれのこと可愛がってくれたんだけど、ある時言われたんだ。『あなたは私の弟みたいなものね』って。それで終わり」
「……。あちゃー」
えてしてあることだ。こちらが恋してても、相手は家族、もしくは友人以上の想いを抱いてないことが。
しかし、話し終えた譲は随分あっさりしている。過去のことだと割り切れてるからだろう。
「以上、おれの話は終わり。で、高耶は?」
今度は高耶の番だと、あのどんぐり眼で下から見上げてきた。
うっと詰まった。譲が話した以上、高耶が話さないわけにはいかない。
このまま逃げようとしても、絶対に逃がしてくれないに決まっている。中学時代からの付き合いで心底身にしみているが、譲のしつこさは高耶でさえ根負けする程なのだ。
空になったどんぶりを置くと、高耶は額に手のひらを当てた。
「仕方ねえなぁ……」
こういう話は苦手で、相手が誰であろうと話したくない。照れくさいし、そもそも性に合わない。他人をからかうことはできても、自分のこととなるとほとほと参ってしまうのだ。
しかし初恋なんて過去のことだ。今更だ、と開き直って、高耶は思い起こすように顎に手をやった。
「幼稚園の時だ……」
「へぇ、早いじゃん。ちょっと意外。相手は誰? もしかして先生とか」
「…………」
「もしかしてビンゴ?」
渋々高耶は頷く。へえええ、と譲が妙に感心してるのがやりきれない。
うるせえな、と憎まれ口を叩いた。
「で、どうなったの?」
「結婚しちまった」
「そっか……。先生なら仕方ないもんな」
幼稚園児と先生では、年齢差からいってまず成就することはありえない。
高耶は久しぶりに、その先生を思い起こしてみた。
今となっては顔すらおぼろげだが、園児たちに人気のある、笑顔の優しい明るい女性だった。その花のような笑顔が好きだったことを、高耶は覚えている。
好きになったきっかけは『お母さんに好きな花の名前を聞いてくること』という宿題が出たことだった。
その頃一軒家に住んでいた仰木家の庭には、佐和子が様々な花を植えていて、中でも特に松葉ぼたんが彼女のお気に入りだった。仰木と美弥との3人で種を植えたこともある。まだ一家が幸せだった頃。
宿題の答えを松葉ぼたんと答えた高耶に、他の園児たちは「しらなーい」とか「おっきいやつ?」などと様々に言い立てた。薔薇やひまわり、チューリップといったわかりやすい花を挙げる他の母親たちに比べて、園児には馴染みのない名前だったのだ。
しかし、その時に先生が言ってくれたのだ。
「小さくてかわいいお花よね。先生も松葉ぼたん、大好きよ」と。
彼女が何気なく言った言葉だとしても、高耶には嬉しかった。
そんなことを思い出していたら、譲がさらにツッコんできた。
「先生が結婚しちゃうって聞いた時、どうだった? 高耶って簡単に諦めるタイプ?」
「…………」
だからこの話をするのは嫌なのだ。譲は高耶の様子に、敏感に何かを察知したのだろう。更に追及してきた。
「なんで黙ってるんだよ。何かあったんだろ」
「……どうでもいいだろ、んなこと」
「良くないよ。ここまで話したら、後は同じだって。な?」
だから、そのどんぐり眼で見るのは止めてくれ。高耶は頭を抱えたくなったが、溜息をつくと気まずさを隠すように一息に言った。
「これは母さんが言ってたことで、オレは覚えてないからな」
前置きまですることかと、余計に興味をそそっていることに高耶は気付いていない。
「わかったよ。それで?」
「……家に帰ってきて、母さんに泣き付いたらしい」
「え……高耶が!?」
「ガキん時なんだからしょうがねえだろ。だからオレは覚えてないからなっ」
しかも聞くところによると、一晩中母親にしがみついて泣いていたらしい。どうにか宥めてもまた泣き出すを繰り返し、最後には泣き疲れて母親の胸で眠っていた。
翌日は腫らした瞳を氷で冷やして、泣いたことがばれないように幼稚園に行った。
その日は、先生が幼稚園に来る最後の日だった。
高耶はまた泣きそうになるのを堪えて睨みつけるように先生を見ていると、彼女の方から高耶のもとにやってきて、目の前にしゃがみこんだ。
そして視線を合わせると、両手でそうっと高耶の頬を包み込んだのだ。
「高耶くん、今までありがとう。先生も庭に松葉ぼたんを植えようと思うの。高耶くんの家族みたいに、幸せになれますようにって」
先生の手のひらは春の陽射しのように温かく、その時の笑顔は最高に綺麗だった。
(だけど、松葉ぼたんを植えた母さんは、もういない)
一軒家は人手に渡り、松葉ぼたんを植えた庭も、もうない。
幸せな家族なんかじゃなくなってしまったけれど、せめて先生は幸せであってくれればいい。
さっきまでぶっきらぼうだった高耶の空気が、どこか遠くへ想いを馳せるものへと変わった。その横顔を、譲は黙って見ている。
(おれの知らない高耶は、まだまだいるんだ)
親友として、全てを知りたいと思う。高耶に出会ってから、彼のことばかり考えてきた譲だ。彼の深い孤独をどうにかしたいと願い、友人となることができて、同じ高校にも受かり、今こうして一緒に牛丼を掻き込める仲になった。それでも、高耶に近付くにはまだまだだと思い知らされる。
「高耶……」
譲が話し掛けようとしたその時、窓の外に見慣れた車が駐車場に入ってくるのが見えた。
ダークグリーンの綺麗な流線型を描く国産高級車。それを視界に入れた高耶は席を立った。
「悪ぃ、譲。オレ行くから」
「あぁ。いつものだろ? 気を付けてな」
高耶は小銭をテーブルに置くと、鞄を掴んでドアの向こうに消えた。車の運転席から黒スーツを着た背の高い男が降りてきて、助手席を開ける。高耶から譲のことを聞いたのだろう、窓越しに視線を合わせるとこちらに向けて一礼した。譲もならって頭を下げる。
高耶は譲にひらひらと手を振ると、車内に姿を消した。車は来た時と同じように、流れるように視界から消えていった。
高耶はまた“怨霊退治”とやらで、どこかへ行くに違いない。直江が護ってくれるから、心配はないと思うが……。
(おれの知らない高耶は、まだまだいる……)
いや、知らない高耶が増えていくといった方がいい。
一抹の不安を感じながら、譲は車が去った方向を見遣った。
変わるものなどないと知りながら、譲は思わずにはいられない。
願わくば、どうかこのままで――……。

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2003/01/29 初出
2007/03/19 改稿

自分の作品の中では結構好きです。最初ほのぼの、最後はシリアスになっちゃう所が自分らしいですが(^^;
初恋を書いたのは「高耶さんと女の子」萌えが根底にあります。当然その後も淡い恋心を抱くことがあっただろうけど、成就はしません。
高耶さんが成就するのは直江だけだからw←ここ重要!
posted by akiya at 12:22| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月17日

大人の移し方

(注)友人である薫ちん→私→薫ちんのリレー形式になっています。
そのため、最初と最後は友人の文章であることをここに明記します。
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■大人の、移し方……<速水氏風に読んでね(ちゃらら〜ん♪ 昼メロ?)

「げほ…ごほ…っ!はぁ……はぁ……ぁ……っ」
仰木高耶が今流行りの風邪をひいて3日となった。
ここ最近、邪眼がもとで体力が落ちていた高耶。
ただの風邪と侮っていたのが災いして、結果39度の熱を出して寝こんでしまった。
「ひどい……熱ですき、こんままでは……」
看護に携わっていた中川がポツリと呟いた。
その背後には寝ずの番で直江がじっと高耶を見守り看護を続けていた。
側近の兵頭は高耶の変わりに四万十軍団長代理として隊員達に指揮を送っている。
仕事が終わると必ず高耶の様子を伺いに来た。どんなに仕事で遅くなっても、高耶の様子を見に来るもので、直江が無理矢理付きっきりで看病すると言い出した。
彼なりの嫉妬心をそれで紛らわしているらしい。
――今のこの人には体力の低下が一番の命取りなのに……。
二晩も寝ていない直江の形相は険しかった。
髪は乱れ眉間にシワを寄せ、着ていたワイシャツも胸元ではだけ、心底疲れきっている様子だった。
高耶は夜中に何度か激しい嘔吐を繰り返す。
全てが毒に犯され、そのモノの処理は全て直江が始末していた。
とはいえ、なにも食していない高耶が吐き出すのものは、酸性の液体のみに近い。
まさに毒を吐きちらしているようだった。それがまた痛く哀れでならなかった。
「……そろそろ、薬の時間だ。中川、持ってきてくれないか」
高耶の苦痛の吐息以外、コチコチと室内時計が音を立てている。
それを見上げた直江が視線だけ移すとカルテを手にしていた中川に告げた。
無言で頷いた中川。高耶の病状が思わしくない。薬を変えてみるか――と、ボールペンをカチッとしまうと白衣に収め静かに高耶の部屋を出て行った。
「もうすぐ、楽になりますよ……」
直江は汗に濡れた高耶の前髪をすいてやる。ひどい、汗だ。
濡れたタオルを替えてやろうと手を伸ばしたときだ。
高耶の喉がヒュ…と音を立て唇が開いた。
「な……っ……ぇ……」
潤んだ瞳をうっすらと開けて熱で熱い手を直江の手のひらに乗せてきた。
「高耶さん……」
高耶の手に己のもう片方の手を重ね、直江がそう呼びかけたのも束の間、高耶は直江と1度だけ視線を合わせると、またふっと、意識を遠のかせた。
その唇は、微かに微笑んで――。
「っ!……高耶さんっ……」
急に直江は怖くなった。いつもはその微笑に救われるはずだった。その彼の微笑だ。
なのになぜ……こんなにも不安がよぎるのか。胸が、締め付けられる想いだ。
直江は乱れた前髪をぐしゃっと掻き揚げるとぐっと瞳を閉じた。
(いや、そうじゃない。この人を生かせるのは、この俺だけだ……)
そう自分に言い聞かせる。
「この、俺だけだ…………」
そう呟いて、直江は高耶の呼吸の妨げにならないよう、唇を重ねた。
重ねたまま「愛している」と声を出さずに唇だけを動かした。いとおしむように。
――愛を吹き込むかのように。
ちゃらら〜ん、ちゃらら〜ん、ちゃーらーらー♪

その後、高耶は完治し任務遂行で赤鯨衆アジトを離れることとなった。
変わりに、直江は手ひどい風邪をひいた。
一端の隊員の直江に高耶の看護がつくわけもなく、ただひとりで病状の床につくハメとなった。
しかし、この風邪の菌は誰にも渡さない!と本人は粋がっていた。
高耶の配慮で看護に中川をつけると言った意見にもたてついたほどだ。
後日、これが愛の証なのだと、直江は兵頭に得意げに語ることとなる。
ちゃんちゃん!

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(下の点線まで私が書いてます)

「げほっ! ごほっ……げぇほっ……ごぉほっごぼっ」
何とも情けない咳をしてるのは、直江信綱その人である。
高耶の風邪を移された直江は、中川の看病も断り、隔離された部屋でひとり寝込んでいた。
だがそうはいっても、誰にも世話をしてもらえないのは正直辛い。
(しかし、あなた(が移してくれた菌)が俺の中にいるんだ。俺の中だけに……!)
苦しみの中でも幸福に浸る、直江信綱四百ウン年目の冬だった(笑)

「中川」
高耶が廊下で中川を呼び止めると、大仰に溜息をついてみせた。
そして首を振る。
「駄目ですきに。あんひとは、私が何を言っても部屋に入れてくれちょりません」
そうか……と呟く高耶を、中川はじっと見上げた。
「なんだ?」
「仰木さんが直接行った方がええじゃないがですか」
「オレは忙しい。そんな暇はない」
と、にべもなく言うくせに、実は気に掛けているのが中川にはバレバレだ。
(仰木さんも、素直じゃないですき――)
中川は再び溜息をつく。
ここにもまたひとり、直高に挟まれて苦労する人間がいるのだった(チーン)

高耶は結局、直江がいる部屋の前に立っていた。
気付いたら足がこちらに向かっていたのだ。
(オレのせいだし、様子くらいは見てやらないと)
そう自分に言い訳し、中から掛けられた鍵を<力>で外してドアを開けた。
「なおえ……?」
そっと中に入ると、苦しそうな喘鳴が聞こえた。
慌ててベッドに駆け寄ると、額に玉の汗を浮かべた直江が眉根を寄せ、時折呻いている。
かなり苦しそうだ。
「直江……!」
額に手をやると、焼けるように熱い。かなりの高熱だ。
薬は飲んだのか?
部屋の中を見渡すと、あった。ドアの下の隙間から、中川がせめてものと差し入れたらしいが、一切手がついていない。
この馬鹿、と言いかけて、高耶は言葉を飲んだ。
薬に気付けない、もしくは気付いても起き上がって飲めない程に辛いのだ。
どうするか思案して、コップに水を入れて戻ってきた。
「直江。今、楽にしてやるからな」
中川お手製の錠剤と水を口に含むと、直江の鼻を摘み口を開かせ、唇を寄せていった。
「ん……」
ただ薬を飲ませているだけなのに、思わず高耶から声が漏れる。
直江の喉が嚥下したのを見届けても、唇は離さなかった。
いつもより熱い口唇。
「なおえ……」
――早くオレのそばまできてくれ。
その想いを伝えるように唇を重ねる。
――オレはずっと、おまえがのし上がってくるのを待っている。
「ん、ン……ッ」
直江が眠っているからか、高耶はいつも以上に本能のまま貪り、もう少しで馬乗りになる所だった(爆)

「た、かやさん……?」
「っ! 直江、気付いたのか!」
意識が戻った直江は、我に返って身を離した高耶を知ってか知らずか、赤く火照る頬に手を添えた。
「来てくれたんですね……こんな男のために……」
「何を言ってる。おまえに風邪を移したのはオレだろう。どうして中川の看病を断った」
熱で虚ろ気味だった直江の視線が、急に真剣味を帯びた。
「あなたを誰にも渡したくなかったからです」
「直江」
「あなたの菌を、誰にも触れさせたくなかった。この苦しみでさえ、あなたのものだと思うと愛おしくすらある。あなたのものは誰にも渡さない。体液も、精液も、髄液も、――ウイルスさえも。私は、本気ですよ」
「……バカ……」
「あなたの菌に犯されて快楽すら感じる。俺は今、あなたを内包してるんです。まだ足りない? 本当はもっと欲しいでしょう? あなたへの証なら、いくらでもあげる。不安なら、永劫に証明し続ける」
直江の本気はマズイ。このままでは恍惚に飲み込まれると、高耶は傍を離れようとした。
「……もういい。とにかく寝ろ。早く風邪を治して……、つっ」
手首をすごい力で掴まれて、しまったと思った時にはもう遅い。
「な……っに、すんだ」
少々焦って顔を見ると、先ほどとはうって変わって、直江は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
何だか悪い予感がする。その的中率は恐ろしく高いのだ。
「さっき、キスしましたね。あなたの唾液の味がする」
あまりの鋭さに、高耶はカッと顔を赤らめた。
「オ、オレは薬を飲ませただけだ! ヘンなこと言うんじゃねえ」
「薬を飲ませただけじゃ、こんな風になりませんよ」
赤く熟れた高耶の唇を指でなぞり、高耶が身を震わせるのを楽しそうに見遣る。
本人は気付いてないだろうが、こんな潤んだ瞳で見つめられたら堪らない。
無意識の媚態の前に、直江の理性はもろくも崩れ去った。
「――ッ!! ンンッ……」
体ごと引き寄せ、思う様口腔を蹂躙する。
高耶のしっとりと濡れた舌に陶酔する。
しかしこれ以上はマズイ。直江は風邪を引いている身だ。
必死に情欲を堪えて、やっとのことで身を離した。
「もう、行った方がいい。このままここにいたら、あなたに風邪を移してしまう」
「……移しても、いい」
「高耶さん……」
あさっての方向を向いて、短く告げられた言葉。
(まいったな……)
高耶はいつもこうして、留めようとする理性を簡単に超えさせてしまう。
自分がどれほどの殺し文句を言っているか、わかっているのだろうか?
直江はしばし逡巡したが、抗うことを放棄した。
口元をフ……っと緩めると、高耶を再度自分の胸に引き寄せる。

「大人の移し方、教えてあげる――」

ふたりの体は、ベッドの上に折り重なっていった。

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■もうひとつのカミングアウト編

――ゆうべあの男と何を話していたんですか。

シャワーを浴びて出た高耶にタオルを差し出しながら兵頭は言う。
「おまえに話す必要のないことだ」
タオルを受け取り髪を乾かしながら高耶は答えた。
「橘の寝巻きから隊長の匂いがしちょりました。あれはどういうことですか」
ぎくり、と高耶が動いた。鋭い視線を兵頭は外さない。しばらく動かなかった高耶。
目線を外したまま、
「あんな体調なのに戦闘に出ると聞かないから押さえつけた。それだけだ」
そう答えた。が、次の瞬間。ハックシュ!!と高耶、くしゃみが出た。
引き続き何度か繰り返し、大丈夫ですか?と兵頭が声をかけた。
兵頭がタオルを剥ぎ取ると、高耶の顔が赤らんでいる。
失礼、と声をかけ兵頭が高耶の額に手を当てる。――熱い……。
「隊長、熱がありますき」
今中川を……と、呼びに行こうとしたのと同時に部屋にノックの音が響いた。
その当人、夜の診察の為に訪れた中川だった。
兵頭は軽く事情を話すと中川が体温計を取り出し、その間、高耶の脈を計る。
ピピッと鳴った体温計が示す数値は通常の高耶の平熱より遥かに高い。
「……また、風邪をひきましたね」
そう重く口を開く中川。部屋が静まり返る。
しばらく、時が過ぎ、ノックの音でその静寂が乱された。
「橘です。入ります」
と直江が言うや否や部屋に入りこむ。高耶との逢瀬の後、ひと眠りしたら熱が下がったらしい。その報告と多少の「甘い夢」を見ながら来た直江だったが、その部屋の空気を感じ取ると高耶の顔が赤く辛そうにしているのが目に入る。
何も言わず見詰め合う二人。直江の表情はどこか苦しげだ。そして無言のままキツク高耶を抱きしめた。
驚いたのは中川と兵頭だ。
でも高耶は眉ひとつ動かさず驚きもしなかった。
「あなたと……いう人は……」
高耶はもがかない。切迫した口調で直江が耳元で囁く。
「風邪を……ひいたんですね」
直江……と小さく囁き頷く高耶。

兵頭は唐突に直江の寝巻きについた「高耶の匂い」の意味がわかった。
(このふたりは……っ)
青ざめて急に背を向けるようにして部屋を出て行った。
そんな状況で中川にももう半分以上、直江と高耶のしたことがわかってしまった。

(仰木さん……あなたはこの人の為に……)

高耶の治療をしたくても無言で抱き合ったままいい加減離れないふたりと、何やら青い顔で出て行ってしまった兵頭……。
またもや困惑の被害者は中川掃部その人であった。

ちゃんちゃん!なんとなく書きたかったのさぁ。

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1998 初出
1999/02/14 再掲
2007/03/17 改稿

あえて「薫ちん」と当時のまま呼びますが、この大切な友人は1998年の暮れに永眠しました。
初出は彼女のサイトのBBSで、彼女が書いたものに私が続きを書き、さらに彼女が付け足し3部作の形になりました。
翌99年に有志の手で彼女の追悼本「CONFINE」が発行され、そちらに再掲しました。が、私の文章が途中で切れてるので、これが完全な作品になります。
追悼本の作品は他にあるので、その掲載時にでも彼女への想いは綴りたいと思います。

こういうパロディ、個人的に大好きです黒ハート
posted by akiya at 13:37| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月16日

精液の海

今空海と呼ばれ、剣山に抱かれた神聖な獣は
時に地に下り、その虚偽の衣を脱ぎ捨てる

そこにいるのは、ひとりの男

振り向くことは決してせず、背後から貫かれるのを待っている

おまえの虚無を全てオレの中に叩きつけろ
その絶望でオレを壊せ!

涸れ果てた涙の代わりに、白濁を撒き散らす
喜悦の声を上げて尻を突き出す、淫獣へと姿を変えて

オレとおまえの間に横たわる、どうしようもない断崖を
互いの精液で埋めて、堕ちてしまえたらいいのに――


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1999/12/23 初出
2007/03/16 改稿

サイトに載せたポエムです。懐かしいですねー。
29巻はすごく自分の中で拘りがあったようで、作品として何度も書いてます。
ちょっと熱弁しますが、私にとっては仰木高耶のしたことが正しいかどうかは関係なくて、ただ彼を理解したいという一心でした。
正直、彼を非難する全ての人(ファン含め)が敵でした……痛い人。
でもですね、彼を非難する前に、彼が何を想ってああいう行動を取ったのかよくよく考えて欲しかったのです。人を愛することはそこから出発するのでは?と更に痛いことを言ってみるw
posted by akiya at 01:09| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

Reby Tears

あなたの涙は痛いと知った
純粋なる故に、この身を引き裂くのだと――


あなたの精神はとても危うい
生を憧憬し、命を愛する心と
終わる者たちの叫びに同調する心
大きく揺れる振り子が行ったり来たり
いつか折れる、その日まで


「ン、あ……ん」
男にしては珍しく、緩やかな愛撫を繰り返していた。
背後から体をすっぽり覆い、淡く色付く突起と汁を滴らせる肉塊をじれったく扱っている。

じわじわと、彼を侵食する。

「……も……ッ、もう、なお……っ!」
高耶の腰が揺れてきて、焦れったさを訴える動きに変わった。
それを十分わかっていながら、男は眼を細めただけでそれ以上の手管を使おうとしない。
時折、意地悪く先端を引っ掻いては、悲鳴をあげる高耶を見ているだけだ。
彼を狂わせたかった、自分という男に。


大勢の仲間が死んだ。
抗うこともできず、己の死を理解できた者がその時どれだけいただろうか。
前代未聞の新兵器という殺戮兵器に、赤鯨衆は右翼部分を一気に削られた。
たった一瞬の、眩い光によって消滅した多くの魂。

隠れて涙を流す彼に痛ましさを感じると同時に、どうしようもない腹立たしさが込み上げた。

――あなたはこんなことで苦しまず、俺だけを見ていればいいんだ。

気が付いた時には、彼の腕を引いて空き部屋に連れ込み、服を引き裂いていた。


「はや……く、なおえぇッ」
高耶の声に哀願が混じり始めた。ここまできたら、彼の瞳には自分しか映っていないだろう。
やっと満足する反応を得た直江は、臀部に荒々しく己を突き刺した。
「ッ、ア――……ッ!」
突然の変貌に、弛緩した躯が一気に緊張して跳ねた。
悲鳴が長く続く。
男を受け入れる場所は固く強張り、高耶は顔を顰めていた。
まるで自分を拒んでいるようでそれすらも許せなく、無理矢理身を進めて己を叩きつけてやった。何度も何度も、高耶の悲鳴が擦れるまで。
制止を叫ばれても止められない。
暴走は、自分でさえコントロールできない。

体液をぶちまけて、全部を自分に染めてやりたかった。
彼の見るもの全てを自分にしたかった。
彼の思考を奪いたかった。
高耶の眦から生理的な涙が零れる。彼を泣かせる資格すら、自分にしかないものだ。

――あなたは俺のためだけに、泣けばいい。

彼には決して通じないことを願っているとわかっている。
それでも溢れて止まない独占欲とやり切れなさをぶつける場所は、彼の中しかない。

「直江……それはできない」

ほら見ろ。返ってくる答えなんて始めからわかっているのに、ひとりでもがき苦しんで廃液を撒き散らしている哀れな男。
彼はこれっぽっちも、自分の色に染まっちゃいない。

高耶の瞳は、今の今まで快楽と苦痛で気をやっていたとは思えないほど静謐で、心に染みとおるようだった。
男の苦悩を知っているからこそ、彼は自身の想いを伝えようとする。

「あいつらの……声が聞こえたんだ」

直江ではない、遠くの誰かを見ている。

「魂を引き裂かれる時の、一瞬の叫びが頭にこびりついて離れない……! この道を選んだのはオレなのに、終わりたくない奴らと一緒に戦うと決めたのはオレなのに、わからなくなる……!」

高耶は頭を振りかぶって蹲った。
震える獅子の子供のように、無防備で哀れな姿だ。
誰の庇護も当てにせず選んだ道を、誰かに認めて欲しいと願う甘えた心。
これまで彼を囲っていた四百年の檻は予想以上に彼を縛り付け、想像以上に過酷で矛盾を孕んだ道が、彼を苦悩と懊悩に突き落とす。
そう、直江の懊悩より遥かに重く、辛い、十字架を背負っている。

きっと今、彼が欲しているのは自身と自身の進む道の肯定だ。
直江ほど、高耶の気持ちを理解できる人間は他にいない。
だから息を吸い込み、重い扉を開くように口にした。

「あなたは、正しい」

何度でも言う、彼が望むなら。
彼の正しさを、自分以上にわかる者はどこにもいない。
それでもこの胸の苦さは沈殿して溜まっていく。
このままでは彼が遠くへ行ってしまう。そのことを認めろと!?

誰よりも正しいとわかっていながら、誰よりも認めることができない。
そんな生き方を誰が望んだというのだ。
そしてまた、彼の躯にぶつける他に為すすべがない。


高耶は無心に、貪るように男の言葉を追っていた。
それだけが今の拠り所というように。
哀しさを存分に含ませた、凛とした重い声が耳朶を震わせる。

何度も繰り返される呪文のようになった時、涙が再び頬を伝った。
それは純粋さ故に透明で、苦しむ故に美しかった。

――あなたは正しい。


彼の瞳から零れるクリスタルは、この世の全てに染み渡る。
世界で最も価値のある、珠玉の兵器。


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1999/08/21 初出
2007/03/11 改稿

有紀さん・塔子さんとのサークル「Ruby Teras」で初めて出した本(サークル名と同タイトル)に掲載したもの。自身のサークル同人デビュー作です。
しかしこれ以前に、ゲストで参加させてもらってるので本当のデビュー作はもうちょっと過去にさかのぼります。それはまた別途。
posted by akiya at 21:45| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月04日

森の泉

物音ひとつしない静寂に包まれた森の泉が、虹色に輝いている。
乱反射した七色が辺りを照らし、まるで天上にいるようだ。

小さな泉のほとりに、ふたつの人影がある。
横たわる高耶の上体を、跪いた直江が柔らかく抱いていた。
周囲には草花が咲き誇り、ふたりを祝福するかのように蝶が舞っている。

高耶は、双眸を閉じていた。
その瞳は二度と、開くことはない。
抱いた高耶の顔を直江は飽かず見つめ続け、さらさらと指に流れる黒髪を梳いていた。


夢を見ているのだと、わかった。


ふたりで住もうと約束した、海に突き出た岬の先端にある小さな家。
いつでも波の音が聴こえて、鳴り止むことは決してない。
自然の懐に抱かれるような、心が安らぐ家だった。
そして、そばにはいつも、あの男がいる。

気が付くと、家は大変な騒ぎになっていた。
千秋や綾子に色部が、赤鯨衆の賑やかな面々が、さらに美弥や譲まで大勢押し掛けて、地雷が鳴り響くような大宴会になっていた。
笑い声がそこここで上がり、誰もが満面の笑顔を浮かべている。

高耶は皆に囲まれて幸せそうで、時折、輪の外から見守っている直江に向けて微笑した。

――高耶……。

突然、世界でたったひとりしか呼び得ないニュアンスで名前を呼ばれて心臓が跳ね上がった。
ずっと反発しながらも、心の奥底で求めていたひとりの声。
驚いて振り返った視線の先には、中年の女性がひたむきに高耶を見つめていた。

「母さん……」

高耶をこの世に産み落とした、生命の根源である母・佐和子がそこに立っていた。
ついにわかりあえることのなかった母子だ。
年月の流れは佐和子の相貌に年輪を刻ませたが、息子への想いだけは変わることがなかった。
その佐和子が、万感の思いを込めて、今にも泣きそうな笑顔を浮かべている。

見つめ合うだけで、こんなにも通じるものがある。今ならわかる。
話したいことはたくさんあるのに、もどかしいくらいに言葉が出てこなかった。

――高耶……。

佐和子はやっとの思いで言葉を紡ぐ。

――あなたを産めたことが、母さんの幸せよ。
  生きていてくれて、ありがとう……。

自分から見捨てた息子にしてやれることは何もなかった。
それでも仰木高耶は自分の息子だと、誇りを持って叫んできた。

皺を隠せない佐和子の眦から、涙が一筋滑り落ちる。
それに導かれるように、高耶の瞳も潤んで揺れた。

「オレも……。オレも、母さんの息子で良かった。ありがとう」

いつか、必ず想いは通じるのだ。
どれだけの年月がかかろうとも。
自分と直江がそうだったように。

「母さん。オレは今、とても幸せなんだ」

大切な友がいる。大切な仲間がいる。
そして何より、人生を共に歩む大切な人がいる。

これまで四百年生きてきて、自分は初めて生きていていいのだと思えた。
生きて生きて、生き抜いてきたこれまでの道のりに、高耶は一点の悔いもない。

今、心から満たされているとはっきり言える。

(直江)

生きることの意味を、おまえが気付かせてくれた。
共に走り、共に戦い、共に乗り越えてくれたおまえがいたから、ここまで来れたんだ。


気が付くと、佐和子の姿は消えていた。
そしてまた、周囲の喧騒が戻ってくる。

皆の笑顔が眩しくて、高耶は瞳を細めた。
これ以上望むものは何もない。
ずっと、この時が続いて欲しい……。

高耶は心から願った。


夢は、永遠に覚めることはない。
高耶は昏々と眠り続ける。

辺りは光が満ち溢れ、鳥のさえずりがこだまし、太陽の光が柔らかく高耶の上に降り注ぐ。

直江の腕の中、高耶は微笑んでいた。


直江――。
おまえをずっと、愛しているよ。
今度はオレがおまえを包むんだ。
おまえが安らかに眠れるように。

おまえのぬくもりがオレを包んだように、
オレの光がおまえを照らしていくよ、どこまでも。


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2005/02/20 初出
2007/03/04 改稿

原作完結後に有志で一時期活動した「仰木桜保存会」本誌に載せた作品です。掲載に際してかなりの改稿をしました。
本誌のテーマが「キス」だったにも関わらず、編集者なのを良いことに全く関係のない作品を載せてしまって申し訳なかったです;
でもどうしても入れたかった。

さっき40巻の高耶ラストシーンを読み返して、久しぶりに泣きました。
母子の姿が書きたかったとかありますが、あまり多くを語る必要はないと思います。
全ては作品の中にあるということで。
posted by akiya at 02:46| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月03日

展望台

私は今日も、展望台へ車を走らせていた。
事あるごとに、あの場所で時間を過ごすのが日課のようになっている。
山間にある、白く小さな展望台。
どこまでも続く澄んだ海と空が、心を浄化してくれるような気がしていた。

車を走らせること数十分。
細い道がやっと開けて、波の音が耳をつんざいた。
ああ――これだ。
会いたくてたまらない親友に会いにきたような気持ちで、私は思わず微笑んだ。

車をいつもの場所に停めて、展望台への階段を上がっていく。
ふと、何かいつもと違う違和感を感じた。
誰か、人がいる。
普段なら階段を駆け上がる勢いで登るのに、そのことに気付いた途端、私は緊張で体を固くした。

ここはめったに観光客も来ないし、会わないように時間もずらしている。
それなのに、今日はなんて不運なんだ。

チリチリと、嫉妬にも似た炎が胸を灼く。
勝手だとわかっていながら思う。
ここは私だけの場所だったのに。

狭い展望台だ。
もし自分が行って、ふたりきりになっても気まずいだけだろう。
仕方なく、相手の様子を窺おうと、階段の踊り場からそうっと上を覗いてみる。
そこにいるだろう人の姿は、なかなか目に映らない。

瞬間。
耳にメロディが流れ込んできて、私は「あっ」と声を上げそうになった。
突然のことで心臓が跳ね上がったが、どうやら上の人が口ずさんでいるらしい。

何の歌だろう。聴いたことがあるような、記憶を呼び覚ます優しいメロディ。

私はその人の姿が見たくなって、見つからないように注意しながら踊り場から身を乗り出してみた。
見えた。
見えにくいと思ったら、その人は床に座り込んでいた。
風に吹かれながら気持ちよさそうに目を閉じて歌う横顔が見える。
服装はジーンズにパーカーという組み合わせで、色使いのセンスは良いが至って普通の服装だ。

地元の人? 観光客?
ただの人だがそうでないようにも見える。
不思議と私は、その人の横顔から目が離せなくなっていた。


だって、私が何よりも愛する、波の音とその人の歌声が共鳴していたから。
優しいさざ波のように、弾けてはしゃぐ波のように、感情豊かな歌声が私の体中を包み込む。

ああ――。

思わず、天を仰いでいた。
どうしてこんなにも、胸が締め付けられる――。


その人は一時間ほど展望台で歌い、何事もなかったように颯爽とバスで去っていった。
彼女が展望台から下りる際に、慌てて自分も下りて木陰に身を隠した。
そこから身を開放し、大きな溜息をひとつ。

結局、彼女に話し掛けることはできなかった。
歌声しか知らない、名前もわからぬ女の人。
やっと展望台に上がれた私は、同じように彼女がいた場所に座ってみた。
彼女が口ずさんでいたメロディを、体が覚えている。

自分も同じように、旋律を紡いでみる。
だけど、次の瞬間には首を横に振っていた。
――全然違う、あの人と。
何て稚拙なんだろう。これじゃあ波と共鳴なんてできやしない。

あなたは一体、何を想って歌っていたの?

あの人がいるだけで、自分のものだと思っていた展望台が不可侵の場所に変わっていた。
触れてはいけない。近付きたくても近づけない。

自分なんて所詮、それだけのちっぽけな存在だ。
なんだかとても哀しく思えて、膝を抱えて蹲る。
寄せては引く、波の音をそうしてずっと聴いていた。
頭の中では、狂ったオルゴールのように彼女の歌声が鳴り響いていた。


後に私は、その人が小説家だと知ることになる。
作品を読んで、吐き気をもよおした。
展望台で抱いた印象とは全く違う、生臭くて目を背けたくなる臓腑を描く筆致だ。
見てはいけない深淵を見るような小説は、麻薬のように体中に回って気がおかしくなる。
快感だか苦しいのかわからない。
感情がセーブできず、喚き散らしては狂ったように叫ぶ。

あの人は透明なんかじゃなかった。
騙された。
いや違う。
あの人は全ての色を持っていたのだ。
人間の狂気、嫉妬、犠牲、救済――人の心を全て持てば、それは混ざり合って昇華され、透明な色になるだろう。
全てを受け入れる潔さ。
どこまでも真摯であろうとする姿勢。

汚いものも綺麗なものも、全ては「人間」に帰結する。
――それこそが愛しい「命」だった。

彼女はきっと、器用な生き方はできないだろう。
曝け出すだけ曝け出して、吐き出すだけ吐き出して、何も残らないかもしれないのに、それでも表現することを止めようとしない。

ただ、足を進めるだけだ。
地を踏みしめるように、一歩一歩。
時には転んで地面に爪を立て、ギリギリと音をさせながら苦しみもがく。
もうこれ以上は登れないと、喚いて暴れる時もあるだろう。
人に理解されず、悔しさに涙を落とす時もあるだろう。

それでも歩き続けるこの人を、私はきっと見続けなくてはいけないのだ。
展望台での彼女も、小説家としての彼女も。
同じひとりの人間として、全てを受け入れよう。


そして私は今日も車を展望台に走らせる。
もう一度あの人に会うことができたら、今度こそ声を掛けよう。
今なら共鳴できそうな気がする。
良かったら、あなたと一緒に歌わせて欲しい――そう告げるために。


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2000/11/30 初出
2007/03/03 改稿

「Dear amadeus...」と対になる作品です。
サイトのHIT記念として人様に差し上げました。改稿で大分手を入れてます。
私小説風を狙ったので、主人公に名前やモデルはありませんw
大堂海岸展望台で歌っているのは当然あの人です。
posted by akiya at 03:36| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月28日

Dear amadeus...

曲がりくねった狭い山道の途中にある、鬱蒼とした木々に囲まれた小さなバス停に、私は降り立った。
ドアが開いた途端、ザザン、と波の音が大きく聴こえてきた。

視界を遮る木々の向こうには、雄大な海が広がっている。
そこは、大堂海岸と呼ばれる場所だ。
その展望台まで私を乗せたバスは、排気ガスを土産に足早に去っていった。

念のため、次のバスが来る時刻を見る。

「あー……、一時間後までないのかぁ」

落胆ではない。バスの本数が少ないのは、最初からわかっていたことだった。
私はこの旅の大切な時間を割いても、ここに来たかったのだ。

目の前にこじんまりと立つ、小さな白壁の展望台を上っていく。
一階を通り過ぎ、そのまま二階へ。
階段の最後の一歩を上り終えると、急に視界が開けた。

展望台の上は、ひと部屋くらいの広さしかない。
そこには誰もいなかった。

周囲を見渡せば、三百六十度の絶景が広がる。
海は、その三分の二以上を占めていた。

展望台を吹き抜ける風が気持ちいい。

信じられないくらいの青い海と青い空が、どこまでも広がっている。
これが見たかったのだ、と私は思った。

向こうに視界をやれば、遥か彼方に沖ノ島と小さなたんこぶのような姫島が見える。
こうしてじっとしていると、心がどこまでも開放されていくようだ。

バスが来るまでの一時間、何をしていようか。
海を見ながら物思いに耽るのもいい。
誰もいない展望台にひとりきりなんて、そうそうあるもんじゃない。

しばらく私は壁にもたれてぼうっと景色を見ながら思考に耽っていたけれど、段々と立っているのがしんどくなってきた。

まぁいいか。
誰もいないし、座っちゃえ。

ペタンと床に尻をつき、足を投げ出して、後ろ手をついて空を見上げてみた。
こうすると壁に遮られて海は見えないけど、この場所の体温を感じる気がする。
目に見えないからだろうか。さっきより波の音が鮮明に体中に迫ってくる。

「…………」

ふと、その時頭に浮かんだフレーズを、唇が勝手に紡ぎ出していた。
自然と出てくる懐かしい旋律。

この歌、意外と海に似合うじゃん、なんて新しい発見をして。
私は心のまま、歌いつづけた。


誰かを想うのではなく、ただ歌いたい。
あなたを想うことは、きっとそこから始まるのだから。

Dear amadeus...


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2003/02/21 初出
2007/02/28 改稿

七青さんの愛情溢れるイラストに付けたもの。
出てくる人はミラージュを生み出したあの方です。
雑誌コバルト2000年8月号を元にイメージしてます。
これと対になるような、もう一遍の小説があるので別途載せます。

ちなみに今日は自分の誕生日ですw
今の自分を形作ったものとして、それに関わるこの作品を載せました。
posted by akiya at 09:16| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月27日

Spiritual "SPERM"(新作)

深く交わりあってひとつになりたい。
未来永劫、離れないように。
深く深く繋がって、ずっとそのままで。

互いの魂を感じていたい――。

どうしようもなく、互いに焦がれる時がある。
戦場で戦いのことだけを考えている時はまだいい。
血生臭く泥臭い野生を剥き出しにして戦いを終えた時、ふと。
体の奥底から込み上げてくるものがある。

獣が首を擡げる瞬間だ。



あの男が部屋を訪ねてくるのは、いつも人目を忍ぶ夜中だった。
闇に紛れて、高耶が眠っていないことを知っているかのように。
高ぶった熱を静めてくれる相手を待っていることを、男は見透かしていた。

2回のノックの後、部屋に音もなく滑り込む。
後ろ手に鍵を閉める音がやけに響いた。

それが、始りの合図となる。



シャワーも浴びず、服も着たまま。
喰らいついてくる男を高耶は好きにさせた。
唇といわず舌といわず噛み付くような激しさでキスを仕掛けてくる。
ずっと吸い付いて離れず、かと思えば緩急をつけて高耶を翻弄する。
「は……っ」
キスだけで息があがる。
たったこれだけで下肢が疼く。
舌と舌を深く絡めれば、互いの魂をその身に受け入れているようで、異様に興奮する。
血温が上昇する。欲望が増大する。加速する。

男は言葉もなく、顎を痛いくらいの強さで掴み、決して獲物を逃さない。
息苦しい、窒息しそうな快感と苦痛。
もっと得たくて、男の首に手をやった。
そして、ぐいと強く自分に引き寄せる。

おまえとオレの間に、隙間なんていらない。

自ら仕掛けた。
舌を喉奥まで入れて、オレの存在でいっぱいにしろとばかりに。
おまえをオレで埋め尽くしてやりたい。

しかし、男の手腕は高耶のそんな思考でさえ粉々にしていく。
口内の性感帯を突かれ、犯されて、思考がかすんでいく。
まるでセックスそのものみたいなキスだ。

受ける高耶のくぐもった声は、徐々に悲鳴のようになっていく。
互いの腰を密着させれば、高ぶったものがぶつかった。
服の上からでも形がわかるほどに。
相手の色と形を想像する。体にあれほど染み込まされたものだ。思い描けないはずがない。
「なおえぇ……ッ」
高耶の声が切迫さを増す。
上も下も、擦りつける速さが加速する。
二重に挿入されているみたいで気がオカシくなる。
「……も、もぅ、イ……ッ」
「……っ、く」
微かに男の声が耳に届いた。
爆発する。

直接触れずに昇天した。



ふたりは息も荒く、互いに見つめ合う。
今は言葉はいらなかった。
剥ぎ取るように濡れた服を脱ぎ、傍らのベッドに沈み込む。

この後は、洪水のように男の言葉と体液を浴びるに違いない。

魂と魂を重ね合わせ、互いに孕ませ合い、精神を生み落とす――。



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2007/01/20 脱稿
2007/02/27 改稿

Bleeding Heartさんのキスイラストから想像を膨らませたものです。
うちが先に載せてしまってすいませんが;謹んで贈呈させて頂きました。
普通触らずにイかねーよと思いつつも、精神でイクとかキスだけでイったっていいじゃないか。直高だものw
posted by akiya at 22:15| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月25日

カテゴリ名変えました

ミラ小説に「アーカイブス」を付けたしましたー>カテゴリ名
基本的に過去作品を載せるだけなので、この方が誤解がないかなと思いまして。

もし万が一新作を載せることがあれば、
その旨をわかるように記載します。

過去作品も、初出時期と場所を記載予定。
しかし昔のは、改稿して手を入れることもあると思います。
ホント未熟だし、過去作品とか読み返すの勇気いるあせあせ(飛び散る汗)
posted by akiya at 19:50| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

一応カテゴリ作りました

原作と共に走るために書き綴ってきた過去のミラージュ作品(サイト・同人掲載に関わらず)を、載せられたら載せるかもです。
基本新作はないのでご了承くださいまし。

元々単なる日記場所にするつもりが、いろいろ読み返したらやはり思い入れがあって……拙いながらも想いだけは込めて書いていたのだと自分でもわかります。
少なくとも気持ち的に気軽に書いたことは一度もなかった(はず)。

サイト運営する余裕のない人間のたわごとなので、気長に待つか期待しないで頂けると嬉しいです。
自分で無理だと思ったら、さっくりとカテゴリごと消すと思います(^^;

posted by akiya at 01:10| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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