2007年03月19日

恋と願いと

「ねぇ、高耶の初恋っていつ?」
土曜日の昼下がり。いつものように学校帰りに寄った吉牛で、牛丼を掻き込んでいる時に譲から飛び出した質問に、高耶は思い切り噴き出した。
「なんだよ。汚いな」
「おま……、急にんなこと聞くからだろーがっ」
まだ苦しそうに咳き込みながら、高耶ががなる。水を引っつかんで喉に流し込み、どうにか落ち着くと譲に向き合った。
「何なんだよ、急に」
「今日、森野さんたちが話してたろ? そういえば、高耶に聞いたことないなぁって」
「………」
そういえば、森野を中心とする女子たちが、初恋がどうとか騒いでいたっけ。思い出話に花を咲かせる彼女たちを高耶はちらと見ただけで、大して気にも留めていなかったが。
言われてみれば、譲とは野球だゲームだとそんな話ばかりで、所謂“恋バナ”をしたことはほぼないと言っていい。
しかし、理由もなく急にそんなことを聞かれて、高耶はあっさり答えられる性質ではない。
「だったらおまえはどうなんだよ」
聞きたいわけでなく、答えたくないという意思表示でぶっきらぼうに逆に問い掛けた。
が、そこは譲の方が一枚上手だ。
「おれ? おれは小学生の時」
いとも簡単に、あっさりと答えてのけた。譲からすれば大事な友人である高耶に隠す必要もない。
高耶は少々驚いた。
森野のあからさまなラブラブ光線に気付かないくらいのニブチンだが、それはそれ、さすがに初恋は体験済みらしい。
高耶は自分の話をしたことがないのと同様、譲の話を聞くのも初めてなのだ。
ここにきて、純粋な好奇心が頭をもたげてきた。
「相手は誰なんだ?」
「従兄弟の姉さんだよ。3つ年上なんだ」
「へー。やるじゃん譲、年上かよ」
それで、どうなったんだ?と続きを促す。譲はゆっくりと水を口に含むと首を振った。
「弟だってさ」
「へ?」
「いつもおれのこと可愛がってくれたんだけど、ある時言われたんだ。『あなたは私の弟みたいなものね』って。それで終わり」
「……。あちゃー」
えてしてあることだ。こちらが恋してても、相手は家族、もしくは友人以上の想いを抱いてないことが。
しかし、話し終えた譲は随分あっさりしている。過去のことだと割り切れてるからだろう。
「以上、おれの話は終わり。で、高耶は?」
今度は高耶の番だと、あのどんぐり眼で下から見上げてきた。
うっと詰まった。譲が話した以上、高耶が話さないわけにはいかない。
このまま逃げようとしても、絶対に逃がしてくれないに決まっている。中学時代からの付き合いで心底身にしみているが、譲のしつこさは高耶でさえ根負けする程なのだ。
空になったどんぶりを置くと、高耶は額に手のひらを当てた。
「仕方ねえなぁ……」
こういう話は苦手で、相手が誰であろうと話したくない。照れくさいし、そもそも性に合わない。他人をからかうことはできても、自分のこととなるとほとほと参ってしまうのだ。
しかし初恋なんて過去のことだ。今更だ、と開き直って、高耶は思い起こすように顎に手をやった。
「幼稚園の時だ……」
「へぇ、早いじゃん。ちょっと意外。相手は誰? もしかして先生とか」
「…………」
「もしかしてビンゴ?」
渋々高耶は頷く。へえええ、と譲が妙に感心してるのがやりきれない。
うるせえな、と憎まれ口を叩いた。
「で、どうなったの?」
「結婚しちまった」
「そっか……。先生なら仕方ないもんな」
幼稚園児と先生では、年齢差からいってまず成就することはありえない。
高耶は久しぶりに、その先生を思い起こしてみた。
今となっては顔すらおぼろげだが、園児たちに人気のある、笑顔の優しい明るい女性だった。その花のような笑顔が好きだったことを、高耶は覚えている。
好きになったきっかけは『お母さんに好きな花の名前を聞いてくること』という宿題が出たことだった。
その頃一軒家に住んでいた仰木家の庭には、佐和子が様々な花を植えていて、中でも特に松葉ぼたんが彼女のお気に入りだった。仰木と美弥との3人で種を植えたこともある。まだ一家が幸せだった頃。
宿題の答えを松葉ぼたんと答えた高耶に、他の園児たちは「しらなーい」とか「おっきいやつ?」などと様々に言い立てた。薔薇やひまわり、チューリップといったわかりやすい花を挙げる他の母親たちに比べて、園児には馴染みのない名前だったのだ。
しかし、その時に先生が言ってくれたのだ。
「小さくてかわいいお花よね。先生も松葉ぼたん、大好きよ」と。
彼女が何気なく言った言葉だとしても、高耶には嬉しかった。
そんなことを思い出していたら、譲がさらにツッコんできた。
「先生が結婚しちゃうって聞いた時、どうだった? 高耶って簡単に諦めるタイプ?」
「…………」
だからこの話をするのは嫌なのだ。譲は高耶の様子に、敏感に何かを察知したのだろう。更に追及してきた。
「なんで黙ってるんだよ。何かあったんだろ」
「……どうでもいいだろ、んなこと」
「良くないよ。ここまで話したら、後は同じだって。な?」
だから、そのどんぐり眼で見るのは止めてくれ。高耶は頭を抱えたくなったが、溜息をつくと気まずさを隠すように一息に言った。
「これは母さんが言ってたことで、オレは覚えてないからな」
前置きまですることかと、余計に興味をそそっていることに高耶は気付いていない。
「わかったよ。それで?」
「……家に帰ってきて、母さんに泣き付いたらしい」
「え……高耶が!?」
「ガキん時なんだからしょうがねえだろ。だからオレは覚えてないからなっ」
しかも聞くところによると、一晩中母親にしがみついて泣いていたらしい。どうにか宥めてもまた泣き出すを繰り返し、最後には泣き疲れて母親の胸で眠っていた。
翌日は腫らした瞳を氷で冷やして、泣いたことがばれないように幼稚園に行った。
その日は、先生が幼稚園に来る最後の日だった。
高耶はまた泣きそうになるのを堪えて睨みつけるように先生を見ていると、彼女の方から高耶のもとにやってきて、目の前にしゃがみこんだ。
そして視線を合わせると、両手でそうっと高耶の頬を包み込んだのだ。
「高耶くん、今までありがとう。先生も庭に松葉ぼたんを植えようと思うの。高耶くんの家族みたいに、幸せになれますようにって」
先生の手のひらは春の陽射しのように温かく、その時の笑顔は最高に綺麗だった。
(だけど、松葉ぼたんを植えた母さんは、もういない)
一軒家は人手に渡り、松葉ぼたんを植えた庭も、もうない。
幸せな家族なんかじゃなくなってしまったけれど、せめて先生は幸せであってくれればいい。
さっきまでぶっきらぼうだった高耶の空気が、どこか遠くへ想いを馳せるものへと変わった。その横顔を、譲は黙って見ている。
(おれの知らない高耶は、まだまだいるんだ)
親友として、全てを知りたいと思う。高耶に出会ってから、彼のことばかり考えてきた譲だ。彼の深い孤独をどうにかしたいと願い、友人となることができて、同じ高校にも受かり、今こうして一緒に牛丼を掻き込める仲になった。それでも、高耶に近付くにはまだまだだと思い知らされる。
「高耶……」
譲が話し掛けようとしたその時、窓の外に見慣れた車が駐車場に入ってくるのが見えた。
ダークグリーンの綺麗な流線型を描く国産高級車。それを視界に入れた高耶は席を立った。
「悪ぃ、譲。オレ行くから」
「あぁ。いつものだろ? 気を付けてな」
高耶は小銭をテーブルに置くと、鞄を掴んでドアの向こうに消えた。車の運転席から黒スーツを着た背の高い男が降りてきて、助手席を開ける。高耶から譲のことを聞いたのだろう、窓越しに視線を合わせるとこちらに向けて一礼した。譲もならって頭を下げる。
高耶は譲にひらひらと手を振ると、車内に姿を消した。車は来た時と同じように、流れるように視界から消えていった。
高耶はまた“怨霊退治”とやらで、どこかへ行くに違いない。直江が護ってくれるから、心配はないと思うが……。
(おれの知らない高耶は、まだまだいる……)
いや、知らない高耶が増えていくといった方がいい。
一抹の不安を感じながら、譲は車が去った方向を見遣った。
変わるものなどないと知りながら、譲は思わずにはいられない。
願わくば、どうかこのままで――……。

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2003/01/29 初出
2007/03/19 改稿

自分の作品の中では結構好きです。最初ほのぼの、最後はシリアスになっちゃう所が自分らしいですが(^^;
初恋を書いたのは「高耶さんと女の子」萌えが根底にあります。当然その後も淡い恋心を抱くことがあっただろうけど、成就はしません。
高耶さんが成就するのは直江だけだからw←ここ重要!
posted by akiya at 12:22| ミラ小説アーカイブス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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